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数秘術関連等ツイート(2015年7月分)

 

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「4」を出て「4」に帰る (2015.7.31 20:50)

 

4」というハウスは大いなる安らぎを与えてくれるけど、そこがどうにも退屈で仕方がなくなったのなら、「3」のように窓を開け放って朗らかに歌うのもいいし、「5」のように扉をぶっ壊して外へと飛び出し、嵐を体全体で感じるのもいいさ。

そしてまた穏やかな「4」へと戻っておいで。

 

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「美」の両腕 (2015.7.31 12:50)

 

キレイに仕上がらないようならば、情け容赦なく叩き壊して初めからやり直す「5」的なマインド。

裏側や内側をくまなくチェックし、本当にキレイに仕上がっているかどうかを徹底して確認する「7」的なマインド。

この両者が手を組んでこそ、真ん中の「6」というが生まれる。

 

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無くならない戦争 (2015.7.31 8:23)

 

スピリチュアル」同士が互いを批難し合うんだから、そりゃ戦争が無くならないわけだ。

 

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自分にとっての「幸せ」 (2015.7.30 8:32)

 

別にあなたにとっての「幸せ」を世間一般的な「幸せ」に重ねる必要はないよね。

それぞれにとっての「幸せ」を、時には戦いながら、時には譲り合いながら、追い求めていけばいいさ。

幸せ」というものはもっと柔軟であり、もっと曖昧なものであり、そしてもっと自由なものなんだ。

 

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「ルーズ」という戦略 (2015.7.30 8:21)

 

フィリピン人の熱中症の少なさは彼らの「ルーズ」さ故、という内容の記事を読んだ。

つまり猛暑の中、「勤勉」であり続けるということ自体が自殺行為に等しいわけだ。

ルーズ」さは「勤勉」さから見れば低価値に置かれがちだけど、実は環境に則した立派な「生存戦略」だったりするんだね。

 

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不思議じゃない (2015.7.30 8:08)

 

よく「7」や「9」は不思議な人が多い、などということが言われるけれど、彼らが不思議というよりかは偶数性(秩序)にこだわり過ぎる社会の側が彼らをうまく内包できていないというのが正しい見方だと思う。

7」という極大のカオス、そして「9」というカオスモスは別に不思議な存在じゃない。

 

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社会に必要なカオス (2015.7.30 8:02)

 

7」という「掘り下げ型」の人は自らの性質を変に改めようと頑張るよりも、補数「3」という「開け放ち型」を活かして「7」であることを開き直ることで、7+3=10→「1」という前進力が生まれるかもしれないね。

社会の闇(病み)を掘り下げていける「7」は社会に必要なカオスなんだ。

 

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チラシの裏レベルでも (2015.7.30 0:14)

 

あなたが「こんなものは所詮チラシの裏レベルさ」などと脳内でボヤいているものが、とある誰かにとっては喉から手が出るほど欲しいものであり、そしてそれが実はお金になるということを知ったなら、あなたの人生は正にその時点から激しく動き始めるだろうね。

 

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群れたがる「7」 (2015.7.29 23:19)

 

当然ながら群れたがる「7」もいるわけで。

その場合は逆数「2」という「他者との繋がり」に執着することにより、自らの心の安定化を図っているということ。

疑うからこそ「2」を恐れ、悩むからこそ「2」で思考の停止を図る。

2」という秩序の有様が「7」という混沌の有様を決める。

 

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一匹狼 (2015.7.29 23:11)

 

そういえば「7」という数は「一匹狼」なイメージとして語られるケースが多いけれど、別に好きでそうなっているわけではないよね。

たとえば逆数「2」への恐れ、つまり繋がりが突然裏切られたり(思い込みも含む)することへの恐れから、初めから独りであることを選ぶという生存戦略なんだよね。

 

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インスタント (2015.7.29 14:27)

 

インスタント」は利用する側にとってはインスタントかもしれないけど、それを作り出す側にしてみればとてつもない手間の集大成だよね。

つまり最初から最後まで「インスタント」なものは無いということ。

 

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止揚へと至れ (2015.7.29 14:07)

 

自らの「1(意志)」と相手の「1」とを真摯に「2(比較)」することにより「3(止揚)」へと至るのであればいいけれど、「3」という到達点を目指さずにただ相手の「1」を自らの「1」で打ち負かそうとすれば、「2」は互いを繋ぐ線にはならず無限に続く平行線になるだけだよね。

 

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それぞれの王 (2015.7.28 21:52)

 

自らの夢を叶えるべくただひたすらに邁進していく「1」は未来を創る「未来王」。

自らの続けていることを頑なに守り抜こうとする「4」は現在を保つ「現在王」。

自らの経験全てを古の智慧に照らし合わせていく「7」は過去を顧みる「過去王」。

 

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国家における「1」 (2015.7.28 11:21)

 

どこかの首相の「一国だけでは自国は守れぬ!」発言に思うけど、「2(オンライン)」とは自らが「1(スタンドアロン)」であってこそ有効に機能するんであって、「1」無き「2」はただの依存になるだけ。

そして「9(宥和)」の心無き「1」は徒らに敵を増やすだけの御山の大将に成り果てる。

 

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戦闘か威圧か (2015.7.27 22:46)

 

数秘術では「1」も「8」もパワフルかつ戦闘的なイメージを持たれがち。

でも「1」は自らの直接的な戦力(体力・技術)を用いて直線的に戦うイメージ。肉食動物同士が噛み合う感じ。

一方の「8」は間接的な戦力(権威・権能)を用いて威圧するイメージ。角の大きさで強さを示威する感じ。

 

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「囚人」の諦め (2015.7.27 22:29)

 

1」という衝動や欲求を素直に出すことをはばかるあまり、逆数の「8」で制御や制限を加えることで保たれる偶数性(社会秩序)。

問題なのはこの時、思い付く限りの現実的理由を囚人の足枷のように何本も取り付けてしまうこと。

囚人はそんな足枷を見て、現実からの脱出を諦めてしまう。

 

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湧出→貯蓄→決壊 (2015.7.27 21:13)

 

3」でこんこんと湧き出し、「4」でそれが貯め込まれ、「5」で決壊して怒涛の如く流れ出すイメージ。

 

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要るか要らないか (2015.7.26 10:23)

 

」が「居る」のか「居ない」のかよりも、「」は「要る」のか「要らない」のかという問いを大切にしていきたい。

 

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生存衝動 (2015.7.25 23:03)

 

1」という「生存衝動」は世界を形作る「意志」に他ならないけれど、それこそが正に「」の元。

補数「9」を活かして「生存衝動」そのものを柔らかく溶かしてぼやかしていくことで、その「」も弱まっていく。

でも完全に溶かしきってしまうと、待っているのは「0」というニヒリズムだけ。

 

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三つの「自由」 (2015.7.25 22:45)

 

常に個人の自由を徹底追求するのが「1」の「絶対的自由」。

自由が失われた時に初めて自由を求めて抗うのが「5」の「相対的自由」。

その場その時に応じて自由の概念自体を柔軟に変えていくのが「9」の「自由的自由」。

 

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自律と他律の統合 (2015.7.25 22:05)

 

たとえば「将来の自分のためにも今日は二時間勉強しよう」などと自らを律していくのが「」を美しくする「4」。

そして「あいつが独り立ちできるまできちんと教え導こう」などと他者を律していくのが「」を美しくする「6」。

この二つが統合されることで「1(自信と推進力)」が生まれる。

 

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見る力と見せる力 (2015.7.25 21:26)

 

どれだけ多くの人の中にいようとも常に「一対一」を意識するのが「2」であり、正に「見る力」そのもの。

どれだけ一人の人と対峙しようとも常に「一対多」を意識するのが「3」であり、正に「見せる力」そのもの。

 

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理想はスタンドアロン (2015.7.24 9:51)

 

組織や集団という偶数体(秩序体)における理想形は構成員が皆「1(スタンドアロン)」であることだと思う。

偶数体においては構成員が皆「2(オンライン)」であることが求められがちであり、そんな網の目構造から生まれる力も莫大だが、その網の目は蜘蛛の巣へと化ける危険性を帯びている。

 

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マスコミという奇数性 (2015.7.24 0:05)

 

偶数性(静的・秩序)を押し付けようとしてくる国家権力に対抗するのが、マスコミという奇数性(動的・混沌)集団。

もしマスコミから「1(独立性)」「3(嘲笑性)」「5(反抗性)」「7(検証性)」が無くなり、国家権力という偶数性に阿り始めたら、その時こそ本当の意味でマスコミは死ぬ。

 

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築くべき多様性社会 (2015.7.23 23:19)

 

奇数性(動的・混沌)偶数性(静的・秩序)を統合した結果生じる偶奇両有の「9」性こそが正に築くべき多様性社会

もちろん社会システム維持のためには偶数性は欠かせない要素ではあるけれど、奇数性を排除するようなものであってはならないし、偶数性だけを「」と捉えるのはもってのほか。

 

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「いじめ」への対抗 (2015.7.23 22:44)

 

過剰な偶数性(静的・秩序)の発露により生じる「いじめ」に対抗するためにも、健全な奇数性(動的・混沌)の育成や奇数性を発露する権利を認めていかなければならないと思う。

徹底して「戦う」ことも、徹底して「逃げる」ことも、共に偶数性の魔の手から逃れる奇数性の緊急発動

 

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「いじめ」の原因 (2015.7.23 22:39)

 

偶数性(静的・秩序)が圧縮された結果生じるのが「いじめ」かもね。

その偶数空間の中では奇数性(動的・混沌)を持つ者が排除の対象となるが、その存在が無くなると今度は偶数性の薄い者(秩序への親和性が低い者)が排除対象となる。

均質性を守るという偶数性そのものが「いじめ」の温床。

 

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自らの存在の証明 (2015.7.23 22:00)

 

自のラインを構成するのは直観の「1」、感覚の「4」、そして思考の「7」。

自らの実存を直観的に捉え、決して疑わないのが「1」。

自らの感覚を駆使することで自らの実存を証していくのが「4」。

自らの思考を重ね、自らの実存を問い続けるのが「7」。

 

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処世術 (2015.7.23 21:28)

 

真剣に「処世」をしないというのが「9」の処世術。

 

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我思う、故に我あり (2015.7.23 15:20)

 

我思う、故に我あり」とは、どれだけ万物の存在を疑おうとも「疑っている自分」の意識の存在は疑いようがないことを表した言葉。

これを「」に翻訳すると、我(1)が疑う(7)故に我(1)の存在が証明できるという不動の定理(4)であり、正に自のライン(1・4・7)の存在証明

 

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帰納法と演繹法 (2015.7.23 15:05)

 

あの「4」の人も、この「4」の人も頑固だったから、大半の「4」の人は頑固なんだ」と捉えるのが帰納法的なアプローチ。

「4」には固く動かないという意があるから、「4」の人の多くはその「4」性が働くために頑固になるんだ」と捉えるのが演繹法的なアプローチ。

 

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哲学への回帰 (2015.7.23 13:50)

 

逆数秘術」という道具は数秘術から占いを分離させ、哲学へと回帰させる役に立つかもしれない。

 

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プラトン的タロット (2015.7.23 12:14)

 

タロットにおける「7 戦車」が魂の三分説(理性・意志・欲望)を表しているとすると、それらが正しく働き調和した先に「8 正義」が生まれるわけだから、伝統的なタロットの方がよりプラトン的なんだね。

 

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敵意と羨望 (2015.7.23 11:15一部改変)

 

1」というカオスには「8」というコスモスに対する敵意羨望とが初めから内包されている。

 

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「愛」の貫徹 (2015.7.23 11:12)

 

3(エロス)」の貫徹には頑丈な「7(精神)」が必要。

6(フィリア)」の貫徹には頑丈な「4(拠点)」が必要。

9(アガペー)」の貫徹には頑丈な「1(自己)」が必要。

つまり愛のライン(3・6・9)の貫徹には、自のライン(1・4・7)の頑丈さが欠かせないということ。

 

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ドライな「愛」 (2015.7.23 10:18)

 

6」の正義とは以下の二つを指す。

能力や労働量により報酬を分ける「配分的正義」。

犯罪者には罰を与え、被害者には補償をする「調整的正義」。

これらの正義を果たすにはウェットではなくドライでなければならない。

そういう意味では「6」のも実は相当にドライなものなのだ。

 

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「愛」とは「アクション」 (2015.7.23 9:33)

 

3」という「エロス(純愛)」でも、「6」という「フィリア(友愛)」でも、「9」という「アガペー(無償の愛)」でも、別にどれでもいいよ。

」とは「アクション」であり、それ以上でもそれ以下でもないから。

 

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二つの「諦め」 (2015.7.23 0:21)

 

諦めず愚直に前進するのが「1」であるとすれば、逆数の「8」はその衝動を抑え込み、現実的な着地点に降り立つという「人工的な諦め」とも言える。

でもそれはくすぶる「1」の炎を見ないようにしているだけだったりもする。

1」を完全燃焼させることで「9」という「自然な諦め」が訪れる。

 

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「悩み」のない日々 (2015.7.22 8:38)

 

時間の概念、自他の区別、欲求の存在、これらを「9」の如く曖昧にしていければ、きっと「悩み」のない日々を送れることだろう。

しかし確固たる「1(自己)」を保てていなければ、一気に逆数「0(ニヒリズム)」へと反転し、最も死に近い状態となってしまう。

だから「1」はとても大事。

 

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「8」という機能 (2015.7.22 8:22)

 

1(自己)」が弱い人ほど、逆数「8(コントロール)」を「支配」という形で外向きに使い、弱い「1」を補おうとする。

1」が強い人ほど、逆数「8」を「自制」という形で内向きに使い、強い「1」の中和につとめる。

つまり「8」という機能は「1」あってのものだということ。

 

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行きたい「館」 (2015.7.21 22:36)

 

特に占ってもらうことはないけれど、お茶や美味しい食べ物を頂きながら気軽に占いトークが楽しめる、そんな占い館ならば行ってみたいと思う。

 

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「6」から「7」へ (2015.7.21 22:23)

 

美しいことはよいことだ」「愛こそが最善である」などという「6」的な考えの持ち主が人生を歩むにつれ、「美しいことはそんなによいことなのだろうか?」「善ではない愛もあるのではなかろうか?」などと「7」的な考えに移行していくことは、生きやすさの代わりに大切なものをもたらしてくれる。

 

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考える数秘術 (2015.7.21 21:29)

 

」に思弁的な意味を持たせる哲学を展開したのがピュタゴラスだけど、僕がやりたいのもそんな感じの営み。

そう、いわば「考える数秘術」。

 

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「哲学」という行為 (2015.7.21 21:00)

 

哲学」という行為は、思考の混沌たる「7」に特定の名前を与えることで思考の秩序たる「2」へと変換し、更にその「2」を用いて「7」を活性化させるという一連の連鎖なんだろうな。

 

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「8」=「お金」 (2015.7.20 17:02)

 

お金というのはいわゆる「8(環境をコントロールする自由)」のためのツールであり、これがあることでヒトは「5(場所に縛られない自由)」を手に入れ、そのことにより更に「2(繋がる人を選ぶ自由)」をも手に入れることができる。

「8」=「お金」というのは、つまりこういうことなんだ。

 

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アクセルを踏む自信 (2015.7.19 15:03)

 

アクセルを踏むという「1」的な行為だけでは、どこへたどり着くかわからない。

ハンドルを握るという「8」的な行為、つまり「自らの制御権を確立する」ということができて初めて行きたい所に自らを運ぶことができる。

ハンドル操作に慣れてくれば、アクセルを踏み込む自信も湧いてくる。

 

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恥」とは「私」 (2015.7.18 16:42)

 

」を開けっ広げにして出し切るのが「3」的なスタイル。

」を絶対に見せず隠し続けるのが「6」的なスタイル。

そんな「」こそが正に「自分自身」そのもの。

」とは「」であり、そして「あなた」である。

 

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引力と斥力 (2015.7.18 14:07)

 

星でも数でも、それら象徴とヒトとの間に働くのは「引力(互いに引き合う力)」をイメージしがちだけど、「斥力(反発し合う力)」もとても大事な要素だよね。

この二つの力がヒトをより「バラエティ」な存在にしていく。

 

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「4」という元型 (2015.7.18 13:43)

 

たとえば、「4」「」「iv」「」「::」…それぞれ用いる地域や形は違えども、みな「4」性というものを持っている。

このそれぞれの「4」性を集約かつ選別し、より強大でピュアな象徴としての「4」を作り出す。

こうして作り上げられた「4」は数秘術師にとっての元型となっていく。

 

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殺意 (2015.7.17 21:43)

 

浄化」という殺意

 

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過去形 (2015.7.17 18:55)

 

運命」とは常に過去形

 

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「幸せ」への態度 (2015.7.16 22:29)

 

俺こそは幸せであるべきだ!」というのはカオス(混沌)の王たる「1」的な考え方の極致だし、「私は幸せになってはいけないんだ」というのはコスモス(秩序)の王たる「8」的な考え方の極致だね。

 

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又吉と太宰 (2015.7.16 19:42)

 

今回芥川賞に選ばれたピースの又吉だけど、以前暮らしていたアパートの住所が又吉が大好きな太宰治の旧住所と同じだったという。

又吉も太宰も共に基本数「8」の人というのは実に「」だなぁ。

 

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「1」を動かす「恐怖」 (2015.7.16 11:40)

 

自らが何者かに強くコントロール(8)されていると変に意識する人ほど、周囲に対して過剰なまでに自らの意思による運動(1)であることを強調する。

そうすることで自らのなけなしの「1(プライド)」を辛うじて保とうとする。

支配や制御(8)に対する「恐怖」が「1」を激しく動かす。

 

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飼い馴らす「獣性」 (2015.7.16 10:39)

 

タロットの「力(8)」に描かれている女性の「8(馴化)」と獅子の「1(獣性)」。

8」が「1」を飼い馴らすあまり、「1」の持つ獣性を奪い過ぎてしまえば、せっかくの「1(獣性)」が台無しとなってしまう。

1」を損なうことなく建設的に利用してこそ「8」という力は活きてくる。

 

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カオスの明暗 (2015.7.16 8:23)

 

ハレンチ学園」に見られる「3」的な「明るいカオス」。

デビルマン」に見られる「7」的な「暗いカオス」。

基本数「7」の永井豪は、この「3」と「7」という補数コンビが織りなすカオスの明暗でもって、「1」(3+7→10→1)という「ケモノとしてのヒト」を描き出しているんだね。

 

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王」の立場 (2015.7.16 0:17)

 

戦争を「」の立場で語る人、「」の立場で語る人、そして「」の立場で語る人とそれぞれいるけれど、「」の立場でしか語らない人には僕はなりたくないなぁ。

 

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「プライド」の戦い (2015.7.15 22:13)

 

ヒトが持つ「1(プライド)」とは「8(コントロール)」への戦いであると共に「0(ニヒリズム)」への戦いでもあるんだ。

 

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「エゴ」の目覚め (2015.7.15 14:29)

 

2015年という「8(抑圧)」の年だからこそ、逆数「1(エゴ)」が暴走しやすくなるわけだけど、でもあまりにも「8(抑圧)」が目に余るようならば他人の目や世間体なんぞ気にすることなく「1(エゴ)」としての怒りを見せる必要が出てくる。

8(抑圧)」は「1(エゴ)」を目覚めさせる。

 

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中途半端 (2015.7.15 14:21 一部改変)

 

実際には「9」はカオスモスなので、息苦しいコスモスにカオスがいい塩梅で加わる感じ。

問題はそんな「9」がカオス派にもコスモス派にも中途半端な存在にしか見えないということです。

 

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第9惑星の知らせ (2015.7.15 14:18)

 

2015年という「8」の年に、太陽系第9惑星の地位を奪われた冥王星という「9」的な星が再び脚光を浴びるというのは、なんかこうヒトの意識が「8(人工・強いコントロール)」から「9(自然・弱いコントロール)」へ移行していくことをほのめかしているかのようだね。

 

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「絆」の危うさ (2015.7.14 15:12)

 

偶数的(秩序)なもの、つまり人間との絆(2)・土地との絆(4)・美徳との絆(6)・組織との絆(8)が世間でもてはやされるようになってくると、その時代は危うさを帯び始める。

そんな時は奇数的(混沌)なプライド(1)・エスプリ(3)・リベラル(5)・ダウト(7)などで抵抗したい。

 

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ロイヤルティ (2015.7.14 12:01)

 

ロイヤルティ(忠誠)」という概念はいかにも偶数性(静的・秩序)に見えるけど、本来的なロイヤルティとは見返りを求めぬ一方的な奇数性(動的・混沌)行為である気がする。

偶数性という時点でそれは「2」に代表されるような双方向的な秩序となり、「御恩と奉公」のような見返りを求め始める。

 

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なぜ「6」が「美」か (2015.7.13 11:55)

 

偶数(静的・秩序)の「6」が大昔から「」の象意を与えられているということをじっくりと考えてみてもいいのかもしれない。

6」的なものをごく自然に「」と捉えるのか、はたまたヒトに備わった「6(調整・調和)」の力が「」を「」と捉えることのできる源泉となっているのか。

 

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護身の壁からの脱出 (2015.7.12 16:49)

 

4」という護身の壁が自らの成長を阻害していると感じるようになったのなら、二つの隣接数「3」と「5」のいずれかに向かってみよう。

壁をぐりゃりと柔らかくすることで杓子定規なマイルールからの解放を試みる「3」。

壁を一気にぶっ壊すことで抜本的な生まれ変わりを試みる「5」。

 

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「4」という護身 (2015.7.12 16:30)

 

未来へ向かう「1」と過去へ向かう「7」、そしてその両者の引っ張り合いのいずれにも向かわず、現在という中間地点に残り続ける「4」。

未来という未知を恐れ、過去という既知を悔やむあまり、現在という位置に安寧を求め、その場に安住し続けようとしてしまうのが「4」の護身法

 

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孤として立つ (2015.7.11 9:49)

 

クラス」を無くし、「グループ」を無くし、「」を無くし、「団体」を無くし、皆がそれぞれに「孤として立つ」ようになれば『いじめ』は無くなっていくんじゃないかな。

少なくとも「」を恐れているうちは『いじめ』は無くならない。

 

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翻訳三昧 (2015.7.11 0:47)

 

僕はこの「逆数秘術」によって何か新しいものを生み出そうとしているわけではなくて、既存のものをただ「」で翻訳し直しているだけ。

役に立つとか立たないとかではなく、ただただ翻訳したいだけ。

ただただ翻訳が楽しいだけ。

 

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ギャップの魅力 (2015.7.11 0:42)

 

調和を重んじ、自らの感情を整えながら生きる「6」な人が、一瞬だけ油断して「3」っぽく子供のようにキャハハと歯を見せながら笑うケース。

子供のように感情を露わにし、快活に生きる「3」な人が、ふとした瞬間「6」っぽく大人の立ち居振る舞いを見せるケース。

逆数というギャップの魅力。

 

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いろんな「みる」 (2015.7.10 20:57)

 

対象を丁寧に「見る」のが「2」。
風景を楽しく「観る」のが「3」。
相手を気配り「看る」のが「6」。
内部を調べて「診る」のが「7」。

 

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「2」から生まれた「1」 (2015.7.9 23:33)

 

1」から「2」が生まれたと考えるよりも、「2」から「1」が生まれたと考える方がなんかしっくりくる。

2」という他者がいなければ、「1」は自らを「1」として定義できないだろうから。

1」が「1」であるためには他の数の存在が欠かせないんだ。

 

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「5」という転換点 (2015.7.9 14:53)

 

1(自我)」と「9(無我)」
2(従順)」と「8(支配)」
3(表出)」と「7(深化)」
4(護身)」と「6(保護)」

これら「補数」の組合せの真ん中にあるのが「5」という転換点であり、これを境にいろんなものがガラリとひっくり返るイメージ。

これが「5」の「変化」。

 

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楽観と悲観の行き来 (2015.7.9 10:57)

 

コスモス(秩序)にこだわらず、カオス(混沌)をひたすらに楽しもうとする奇数の「3」は楽観的な数。

カオスに強い違和感を覚え、コスモスの実現に心血を注ぐ偶数の「6」は悲観的な数。

過剰な「3」は裏切られて「6」に走り、過剰な「6」は開き直って「3」に走る。

 

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二つのパターン (2015.7.9 10:44)

 

数秘術リーディングの二つのパターン

チャートによって様々な数を出し、それらを駆使して当人のカオスをできる限り再現しようとするリーディング。

当人のカオスの方をごくわずかな種類の数にうまいこと当てはめることで、コスモス化(定型化)を試みるリーディング。

僕は後者。

 

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こじつけ方いろいろ (2015.7.9 9:37他)

 

二桁の数の象意を与える際、例えば「13」と「31」のようなエマープ(emirp、逆さにしても素数〈prime〉の組合せ)の場合、前者は「1」に、後者は「3」に重きを置いて象意を与えるケースがある。

僕のようなルートナンバー重視派は共に数字根の「4」とし煩雑さを防ぐ。

これがもし「23」と「32」であれば、前者に奇数性を、後者に偶数性を与えれば良いと思う。

中には「素因数分解」を試みることで、こじつけの材料を増やすケースもある。

そして数字根のみを用いるケース。

まぁつまりはどの方法でも良いということだね。

 

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潔癖の愛 (2015.7.8 23:21)

 

6」の愛とはズバリ「潔癖の愛」だから、愛する者を守るために菌や虫を無差別に殺しまくり、挙げ句の果てにはそれらを持っていそうな人々すらも徹底排除するのも「6」的な愛のうち。

つまり愛という理想のためにはいくらでも冷徹になるけど、自らを有害判定し自罰モードに突入することもある。

 

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「9」を救う直観 (2015.7.8 18:33)

 

9」の隣接数は「1」と「8」だけど、この両者は共に「直観」の数なんだよね。

自らの進むべき道に迷ったならば、自らの中で「動け!」と叫ぶ「1」の直観、または「止まれ!」と叫ぶ「8」の直観のうちのどちらがささやいているかで決めていくのもいいかもね。

直観が「9」を救い出す。

 

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奇数より、偶数より (2015.7.8 18:27)

 

偶奇両有の「9」は「奇数ほどダイナミックじゃないし、偶数ほどスタティックじゃない!」などと自らの曖昧さを嘆きがちだけど、偶数よりははるかにダイナミックだし、奇数よりははるかにスタティックなんだから、そこは自慢していいよ。

 

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歯列矯正 (2015.7.8 8:30)

 

歯と歯をワイヤーでつなぎ(2)、長期間固定し(4)、強制的に歯を動かしていく(8)ことで、歯列を美しく整えて(6)いく。

歯列矯正とは正に偶数性そのものだね。

 

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暗号化 (2015.7.7 21:50)

 

世界という暗号を解読するための「ゲマトリア」でむしろ世界を徒らに暗号化している感。

 

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「抽象」か「具象」か (2015.7.6 14:21)

 

抽象」を「具象」に翻訳してからアドバイスする占い師もいるし、「抽象」という原語のままアドバイスする占い師もいる。

即実践で活かせるのが前者の良さだし、悟る能力を開発できるのが後者の良さだね。

ある意味アドバイザーかカウンセラーかの違いだけど、合う方を選べば良いと思うよ。

 

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必要な「わがまま」 (2015.7.6 14:02)

 

8」はコントロールや自制を表す数であり、これが行き過ぎると「わがままは許されないことなんだ!」という個の否定につながっていくけど、それって自らの中に存在する逆数「1(自尊心・個人主義)」を殺しているようなもの。

でも「1」は生き続けるために必要なわがままだったりするんだよ。

 

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怠惰と吝嗇 (2015.7.6 9:33)

 

国際通話の際の国番号だけど、怠惰な借主ギリシャが「30(→3)」、吝嗇な貸主ドイツが「49(→4)」というのは数秘術的に実に良くできてるなぁ、と。

 

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「ケモノ」の利用 (2015.7.6 9:23)

 

ケモノの善性を取り上げることでヒトの悪性を強調するケース。

ケモノの悪性を取り上げることでヒトの善性を強調するケース。

どちらも自己の主張強化のため、都合良くケモノを利用しているという点では同じだね。

 

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世界遺産だらけ (2015.7.5 22:41)

 

あと10万年ほど人類が存続できれば、きっと世界中が世界遺産(ないし跡地)だらけ。

 

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二つの卜(ぼく)術 (2015.7.5 21:42)

 

ヌメロダイスとタロット、二つの卜(ぼく)術を持っていると、どちらかが不調の時に役立つね。

僕の場合はどちらかが不調だと、もう片方が好調だったりする。

 

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「8」には「9」を (2015.7.5 21:21)

 

やっぱ強迫観念に縛られやすい「8」の人には隣の「9(なんくるないさぁ)」に向かうようアドバイスするのが一番手っ取り早いな。

 

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「個」を魅せる (2015.7.5 13:18)

 

いまテレビで「創作行為とは個性の解放である」という言葉を観たけれど、正にこれは「創作(=生産)」と「解放」の象意を持つ「3」そのものって感じ。

1(個)」がただの「」であることから一歩踏み込んで、その「」を「個性」という形で表に魅せ付ける行為こそが「3」というアートだね。

 

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曖昧という可能性 (2015.7.5 12:35)

 

境目が曖昧な「9」は人種も、性別も、国籍も、身分も、次元も、すべての垣根を溶かしていける。

でもただ溶かしているだけだとアイデンティティが育たないので、補数「1」という確固たる「」を取り戻す必要がある。

1」という自分軸があってこそ、曖昧模糊な「9」が「可能性」に化ける。

 

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自・他・愛(3) (2015.7.4 23:30)

 

悩むだけで前進しない(7)人がとにかく一歩を踏み出す(1)ことで心の安寧(4)を取り戻す。

全てを自力で解決しようと苦しむ(8)人が素直に他力を頼る(2)ことで自由な時間(5)を手に入れる。

人生をさまよい続ける(9)人が自らの好きを極める(3)ことで生が整い(6)始める。

 

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・他・愛(2) (2015.7.4 23:20)

 

自分の殻に閉じこもる(4)人が精神の深みに触れる(7)ことで自らの存在意義(1)を取り戻す。

自由過ぎる(5)人が社会の圧力(8)を受けることで柔らかく従う(2)という戦略を学ぶ。

責任感の強過ぎる(6)人が鷹揚さ(9)を学ぶことで人生を楽しむ(3)ことを思い出す。

 

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自・他・愛(1) (2015.7.4 22:31)

 

愚直に生きる人(1)が大きな壁(4)に遭遇することで自らを鍛え深める大切さ(7)を知る。

他者に人生を委ねてきた(2)人が反抗心を露わにする(5)ことで人生の制御権(8)を取り戻す。

自己愛(3)に生きてきた人が自らの母性(6)に気づくことで遍く愛する(9)ことの意義を知る。

 

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ベースあっての冒険 (2015.7.4 19:52)

 

4」というベースを築くからこそ「5」という冒険の自由を謳歌できるし、「5」という冒険をするからこそ「4」という最適なベースを見つけられる。

盤石な「4」が欲しいのなら「5」を、自由な「5」を楽しみたいなら「4」を目指してみようか。

 

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広がる範囲 (2015.7.4 14:52)

 

自のラインに属する「4」は自らを守ることがテーマであり、愛のラインに属する「6」は誰かを守ることがテーマとなる補数の関係。

そして「4」の範囲が広がるほど「6」もそれに応じて広がっていく。

前者が当人ならば後者は家族、家族ならば友人知人、友人知人ならば社会という風に。

 

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よくある話 (2015.7.3 22:54 一部改変)

 

6」の人が「6」に期待し過ぎて裏切られて、逆数「3」に向かったり、隣の「5」や「7」へと逃げるケースはよくある話。

 

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ホモジナイズ信仰 (2015.7.3 17:27)

 

ヒトはどうしてもゾロ目などのように同じ数が並んでいる状態を他の並び方よりも美しく感じるものだが、この心理にはある種の「ホモジナイズ(均質性)信仰」が隠れている。

この信仰は古今東西多くの「」を生み出してきたけれど、それ以上の「」をも生み出してしまったこともまた事実。

 

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「反転」を着こなす (2015.7.3 10:05)

 

5」っぽい奇抜な格好をしているヒトの中身が「4」そのままだったり、「4」っぽい真面目な生き方を歩むヒトの中身が「5」そのままだったり。

ヒトは「反転」を着こなしながら生きていく。

 

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食うか食われるか (2015.7.2 22:46)

 

牡羊:食い物
牡牛:食い物
双子:食う者
蟹  :食い物
獅子:食う者
乙女:食う者
天秤:食えん
蠍  :食い物
射手:食う者
山羊:食い物
水瓶:食う者
魚  :食い物

 

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「直列」と「並列」 (2015.7.2 20:46)

 

奇数は「直列接続」であり、偶数は「並列接続」と捉えてみてもいいかも。

前者はセーフティを犠牲にしてパワーを優先し、後者はパワーを犠牲にしてセーフティを優先させる。

たとえば「7」は縦に掘り下げながら悩む「直列的思考」であり、「2」は横に目を配りながら迷う「並列的思考」となる。

 

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攻殻機動隊 (2015.7.2 18:33)

 

人工的な義体が「8」だとすれば、逆数の「1」は差し詰めゴースト。

カタチであり、容器であり、回路である「8」。

チカラであり、中身であり、信号である「1」。

…という「」で翻訳する攻殻

 

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二つの流れ (2015.7.2 11:30)

 

1(チカラそのもの)」→「3(チカラの拡大)」→「5(チカラの洗練)」→「7(チカラの複雑化)」

2(カタチそのもの)」→「4(カタチの拡大)」→「6(カタチの洗練)」→「8(カタチの複雑化)」

この二つの流れが混ざり合い「9(全てのもの)」となる。

 

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どちらでもよし (2015.7.2 10:43)

 

ホンモノを追い求めるもよし。

ニセモノを極めるもまたよし。

 

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不偏不党 (2015.7.2 0:02)

 

誰かの味方になるということは、別の誰かを敵に回す可能性が出てくるということ。

誰かを敵に回すということは、別の誰かが味方になってくれる可能性が出てくるということ。

不偏不党」とは、なかなかに難しい。

 

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相性」の罠 (2015.7.1 22:35)

 

ヒトは多面性である」ということを考慮すると「相性」という概念の罠が見えてくる。

 

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「集中」と「曖昧」 (2015.7.1 15:06)

 

意識が「1(集中)」であればあるほど、周りの景色はむしろ「9(曖昧)」となっていく。

意識が「9(曖昧)」であればあるほど、ある日突然ひょっこりと「1(集中)」が訪れたりする。

これが「1」と「9」の補数関係。

 

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逆行だらけ (2015.7.1 0:15他)

 

今年の水星逆行
1/22〜2/11
5/19〜6/12
9/18〜10/9

金星逆行
7/25〜9/6

木星逆行
前年12/9〜4/9

土星逆行
3/14〜8/2

つまり逆行の無い期間は
9/7〜9/17
10/10〜12/31
の計94日しかないのか。
逆行だらけだ。

ていうか天王星逆行(7/26〜12/25)も含めると、今年惑星逆行の無い期間は12/26〜12/31の6日間だけなのか。

むしろ逆行の全く無い期間の方が怖いな。

 

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